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暗くて長いは平常運転

読んで不快になってもそこは自己責任ということで

四大陸選手権を見て考えたナリよキテレツ

と、いうことのほどでもなのですが…いやーパトリック・チャン選手のFSは素晴らしかったです。

この世にこれほどまでに美しいものが存在するのかとしみじみ感じました。現地で自分の目で見ることのできた方が大変羨ましいです。

調和、とはあのようなことを表しているんですね。

音楽にあわせて滑っているのでもなく、スケートに音楽があっているのでもなく、スケートと音楽が同時にそこに寸分違わず存在していると言ったらいいのでしょうか…とにもかくにもパトリック・チャン選手のベストの演技といっていいと思います。

美しい、とにかく美しい。しかも3A2回跳べました、あのパトリック・チャンが!(失敬な)

正直なところ、ボーヤン・ジン選手のFSを見た後で点差のことを考えるとパトリック・チャン選手の逆転優勝はないだろうと思っていたのですが私が浅はかでした。

で、何を考えたかといえば「フィギュアスケートの究極の到達点が今回のパトリック・チャン選手の演技の延長線に存在してたらいいな」ということです。

難易度か完成度か問題は遥か昔から存在していますし、今季でいえば全米選手権の男子シングルの結果をめぐっても議論されていました。

これはもう好みの問題としかいいようのない話かもしれないし、両方を兼ね備えた選手がこの先現れるかもしれない。現に羽生結弦選手はそうなりつつありますしね。

競技スポーツである以上技術の向上を目指し難易度の高い技でしのぎを削るということは当然求められることだし、そうあってほしいとも思います。

でも「フィギュア」スケートだから。

初めて羽生結弦選手のバラード1番を見た時は震えました、今だって何も悪くないんです、心の底からすごいプログラムだなって思います。同時にかつてパトリック・チャン選手がアンチの人たちから言われていた「すごいと思うけど印象に残らない」という言葉を実感したのも事実です。まさかそんな日が来るとは思いませんでしたけど。

だってかつて少なからずいたアンチパトリックの人たちの言ってることなんて単なる負け惜しみにすぎないし、そうとしか思えないならなんてかわいそうな人だ!くらいに思っていましたから。

羽生結弦選手の構成の難度ばかりが目について、プログラム全体でなく一つ一つの要素を独立させて見てしまっている自分が悪いんですけどね。

それでも、難度への挑戦ではなくてもっと贅沢に豊かに間を使った演技をいつか見てみたいのです。

難易度が完成度か問題をはっきり意識したのは07‐08シーズン世界選手権でジェフリー・バトル選手がタイトルをとった時ですが、あの時もジェフに勝ってもらいたかったし王者にふさわしい演技だったと思ってます。

ジャッジの方針はその時々の「選手が身につけてほしいもの」を表すものだと思っているので、技術にベクトルが集中すれば完成度に評価を傾けるであろうしもちろんその逆もあるだけで常にバランスの取れた選手であることを求められているはずだし、どちらかに秀でていたらいいわけじゃないはずです。

自分の贔屓の選手がその持ち味とその時求められているものが合致するかってだけで、勝手にジャンジに対して失望したり非難の声を上げてしまいがちだし、単純にファンとしての勉強不足も否めないのです。

それでも、それでも!今の難易度(とくに4回転ジャンプ)への挑戦に対しては楽しみなき気持ちよりも不安のほうが大きいのです。

今季欧州選手権で引退したアモディオ選手の「とうてい無理なこと(羽生のようなプログラム構成)を身につけるために時間を費やすことはできない」という言葉がずっと頭から離れないのです。

そりゃいつか誰かが4Aに挑戦するでしょう、かつて全てのジャンプを3回転にしてきた過去のように全てのジャンプを4回転にしてくる未来だってぜったいないとは言えないのですが、でもそれってそんなにすごいプログラムなんだろうか?いや、すごくないわけないんだけれども。

競技とはいえ順位や点数だけが全てではないですが、やる以上全く意識しないわけではないでしょう。

体も心も競技についていけないわけじゃないけど天井が見えたし引退、なんてやっぱり悲しい。今季アモディオが引退したのはそんなネガティヴな理由では全くないですけど。

4回転と3Aをそれぞれ2回跳ぶ、充分難易度の高い構成ですよね。難しいプログラムに挑戦して完成度も高いものを滑りきるギリギリのラインだと思います。

かつての世界選手権や全米、五輪の時のように難易度も完成度も等しく価値を持って全体のパッケージとしてできのいいものが評価されるようであってほしいものです。

なにが言いたいか自分でもさっぱりわからないですけど。

あ!別に羽生がパトリックより劣ってるのに過大評価だ!!っていう話では決してないです。

きのこの山よりたけのこの里のが私は好きだ!ということです。